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大津地方裁判所彦根支部 平成5年(ワ)80号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、

1  別紙物件目録記載一の土地について、大津地方法務局彦根支局平成四年四月一六日受付第五九三三号根抵当権設定登記

2  別紙物件目録記載二の土地について、大津地方法務局彦根支局平成四年六月九日受付第八三七一号根抵当権設定登記

の各抹消登記手続をせよ。

二  被告の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴

主文一項同旨

二  反訴

原告は、被告に対し、七○○○万円及びこれに対する平成五年五月一五日以降完済まで月○・八パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、別紙物件目録記載一、二の土地(以下「本件各土地」という。個別に指摘するときは「一土地」、「二土地」という。)を所有している。

2  訴外山田重美(以下「山田」という。)は、〈1〉一土地について、大津地方法務局彦根支局平成四年四月一六日受付第五九三三号根抵当権設定登記、〈2〉二土地について、大津地方法務局彦根支局平成四年六月九日受付第八三七一号根抵当権設定登記(以下「本件各登記」という。)を経由している。

3  被告は、平成五年二月一六日、山田から本件各土地についての右根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の譲渡を受け、移転登記を経由している。

二  争点

被告が本訴抗弁(反訴請求原因)として主張する本件根抵当権の被担保債権である貸金債権の存在が認められるか否か(右被担保債権が賭博によるものであるか否か)が争点である。

1  被告の主張

被告は、本件根抵当権の被担保債権は賭博によるものではないとして、次のとおり主張する。

(一) 山田は、原告に対し、次のとおり金員を貸し渡した。

(1) 平成四年六月八日     三一○○万円

(2) 平成四年七月八日      三○○万円

(3) 平成四年八月二八日     四○○万円

(4) 平成四年九月八日      三○○万円

(5) 平成四年九月二○日     一○○万円

(6) 平成四年九月二八日    一二○○万円

(7) 平成四年一○月八日    一三○○万円

(8) 平成五年二月一五日     三○○万円

(二) 原告は、平成五年二月一五日、山田から七○○○万円を借用していることを認め、山田が原告に対して有する右債権を被告に譲渡することを承諾した。

(三) 原告は、右同日、被告に対し、次のとおり、右債務を弁済することを約した。

(1) 本件約定の日から三年間は元金の弁済を猶予する。

但し、利息の弁済を遅滞した場合は、期限の利益を失い、全額を直ちに弁済する。

(2) 利息は月○・八パーセントとし、毎月一五日限り被告宅に持参もしくは指定銀行口座に振り込んで支払う。

(四) 原告は、平成五年五月分以降の利息を支払わない。

2  原告の主張

本件根抵当権の被担保債権は賭博によるものである。すなわち、

(一) 原告は、以前から賭博をしていたが、昭和六一、二年ころ、友人に連れられて初めて山田宅へ行き、賭博をした。右以降、平成四年一○月ころまで、原告は、山田を胴元(サイコロ賭博の場合)、取次人(野球賭博の場合)として、賭博をし、その賭博債務のため、平成元年五月、原告は、土地を売却し(甲六、七号証)、山田に約三四○○万円を支払った。

(二) 山田宅では、当時、おおよそ週三回マージャン賭博、週一回サイコロ賭博が開かれ、また、プロ野球シーズンとなる毎年四月から一○月までの間、山田は、野球賭博の取次手配をしていた。原告は、毎年四月から一○月までは野球賭博をし、野球のシーズンオフのときにサイコロ賭博をしていた。

なお、被告の経営する喫茶店「スイス」は、山田宅から歩いて三分くらいの所にあり、深夜に賭博のメンバーが「スイス」に夜食を注文したりするので、山田宅で賭博が行われていることは被告もよく知っている。

(三) 平成四年三月ないし四月初旬にかけて、原告は、山田宅でサイコロ賭博を二回した。時間は、いずれも、午後一○時ころから翌朝午前五時ころまでである。メンバーは、二回とも、原告、訴外吉川福根、訴外吉井某(ゴールデンドアーのマスター)、訴外平田たかしの四名である。原告は、一回目二三○○万円、二回目五○○万円負け、いずれも原告のひとり負けであった。

(四) 原告は、右サイコロ賭博により山田に二八○○万円の賭博債務を負うことになったが、即金で払える額でなかったので、山田に要求され、平成四年四月一六日、一土地に極度額三○○○万円の根抵当権を設定した。

(五) 平成四年四月、プロ野球シーズンとなり、原告は、毎日のように山田に電話して野球賭博をし、山田に対する賭博債務は増大した。そこで、同年六月九日、右賭博債務を担保するため、山田の要求で、原告は、二土地に極度額五○○○万円の根抵当権を設定した。極度額を五○○○万円としたのは、山田が、これからも野球賭博をやるのだから、多めに枠を設けておいたらと言ったからである。

(六) 原告は、野球シーズン中、野球賭博で負け続け、その賭博債務は、平成四年一○月のシーズン終了時点で、サイコロ賭博の債務二八○○万円と合わせて合計六七○○万円となった。

(七) 以後、山田は、何回も原告に右賭博債務を支払うよう督促してきた。平成五年二月一五日朝、山田から原告に電話があり、「貸主がやかましい。根抵当権の権利を移転する。実印と印鑑証明書を持ってこい。」と言ってきた。原告は、必要書類を整えて山田宅へ行き、甲三号証(債務承認弁済約定書)と乙一一号証(金円借用証書)の書類に署名押印させられた。そのとき、山田から、貸主は被告であることを初めて聞かされた。乙一一号証は、六七○○万円に対する当日までの利息の三○○万円だということで作成させられた。

第三  争点に対する判断

一  証人山田重美及び被告は、本件被担保債権の発生について、〈1〉平成四年六月八日に三一○○万円、同年七月八日に三○○万円、同年八月二八日に四○○万円、同年九月八日に三○○万円、同月二○日に一○○万円、同月二八日に一二○○万円、同年一○月八日に一三○○万円、平成五年二月一五日に三○○万円を、いずれも、被告が山田に現金で貸し、山田がそれを原告に貸したこと、〈2〉山田から原告への貸付にあたっては、貸付日の二、三日前に山田が被告に連絡すれば、被告が現金を用意したこと、〈3〉山田及び被告は賭博にはまったく関係がないことなどを供述する。

二  原告は、本件被担保債権の発生について、いずれも賭博債務によるものであることを供述し、その内容は、前記第二の二2の原告主張事実に副うものである。

三1  関係証拠として乙一ないし一一号証が存在する。右書証の表題は「金円借用証書」となっているが、これだけでは、本件被担保債権が貸金であるか、賭博によるものであるかは判断できない。

2  ところで、甲三七号証(特に四頁三行目ないし五頁七行目)によれば、山田は賭博に関係していることが認められる上、原告本人尋問の供述内容には格別不自然な点は見受けられず、次に指摘するとおり、本件被担保債権を貸金であると考えるには、不自然、不合理な点が存在することを総合考慮すれば、本件被担保債権は貸金債務ではなく賭博債務であると認められる。なお、乙二八号証によれば、甲三七号証は、本件訴訟中に原告が会話の相手方である山本秀一に隠して会話内容を録音したものと認められるが、甲三七号証のうち前記括弧内に指摘した個所は、山本が自発的に述べたものと認められ、その内容が乙二八号証でいうような「デタラメな事ばかり」とはいえず、山田の名前が出たことについての乙二八号証の説明も不自然であり、甲三七号証の山本の発言内容には信憑性があるといえる。

(一) 一土地には極度額三○○○万円の根抵当権が平成四年四月一六日受付で設定登記がされているが、山田から原告への貸付は、平成四年六月八日の三一○○万円(乙一ないし四号証の合計)が最初であるというのであるから、実際の貸付の約二か月も前に根抵当権の設定登記をするというのは不自然である。

(二) 山田は、平成四年六月八日に現金三一○○万円を原告に貸し、右資金は、その三、四日前に被告から山田が借りたものであると述べ、被告は、右現金について、自宅に保管していた五五○○万円のうちから三一○○万円を山田に渡したものであり、その現金は安田生命の養老保険が満期になった分などであり、株が二万円を割ったら買おうと思って、ずっと自宅に置いていたものである旨を述べるが、自宅に五五○○万円もの現金をそれだけの理由で置いておくというのは不可解である。また、右三一○○万円の状態について、山田は、銀行の帯封がしてあったと述べるのに対し、被告は、一部は銀行と郵便局の帯封がしてあったが、ほとんどはバラで輪ゴムで止めてあったと述べており、同じ状態の現金を見た者の供述としては、その供述内容が右のとおり食い違っているのは不自然である。

(三) 山田は、平成四年六月八日に現金三一○○万円を一度に原告に貸したのに、借用証書を四通にした理由について、原告の返済の都合であると説明するが、その返済内容について具体的な説明はせず、また、各借用証書には返済期限の記載もないので、山田の右説明は、直ちには信用し難い。この点については、原告が述べるように、賭博による負けの債務であるとする説明の方が合理的である。

(四) 被告は、山田に対しては、何らの担保もとっていないが、七○○○万円もの多額の現金を貸し付けるについて、保証人も担保もとらないというのは不自然である。山田名義の原告に対する本件根抵当権が存在するとしても、被告の山田に対する貸金の担保とも、また、被告の原告に対する担保ともならないのであるから、被告が山田を信用していたとしても、不可解というほかない。また、被告本人尋問の結果及び山田証言によれば、被告は、当初、原告の提供する担保については、他人の土地を介して所在する二筆の土地が、その他人の土地と交換するなどして、連続した土地になれば担保価値があるとして、そのようになれば貸付をしてもよいと考えたので、一旦は貸付を断ったとしながら、被告は、特段の理由なくそのままの土地の状態で原告への貸付資金を山田に貸し付けたこととなるが、その間の経緯についても釈然としない。

(五) 被告本人尋問の結果及び山田証言によれば、原告に当初貸し付けた三一○○万円のうち二○○○万円は、平成四年一○月に返済ができる予定であったというが、その返済がなかったにもかかわらず、平成四年一○月八日にさらに一三○○万円を貸し付けた(乙一○号証)ことになるが、いくら当初六○○○万円まで貸し付ける予定があったとしても、そのような貸付自体不自然といわざるをえない。

(六) 被告本人尋問の結果及び山田証言によれば、原告から、当初貸付を依頼された金額は六○○○万円くらいであったとのことであるが、平成四年一○月八日までにすでに六七○○万円を貸し付け(乙一ないし一○号証)、その返済が全くされなかったにもかかわらず、平成五年二月一五日に、さらに三○○万円の現金を被告が原告に貸し付けたというのであるが、およそ理解し難いことである。この点についても、右の三○○万円は、それまでの賭博の負けの利息分などであるとする原告の説明(原告本人尋問調書〔第六回弁論〕二○項)の方が理解できる。

(七) 乙一二、二七号証によれば、平成三年三月一八日に安田生命の保険三件(合計金額一○五六万四三九二円)が満期となり伊藤好子名義の近畿銀行の口座に入金され、その金額約一○五七万円を同月二二日に定期預金にし、その後の平成四年四月一日に安田生命の保険一件(金額六二万○七六七円)が満期となって右口座に入金され、同年八月七日には六○万円が定期預金とされていること、乙一三号証によれば、平成三年一○月三日に被告名義の近畿銀行の定期預金五三一万六四一六円が解約されていること、乙一四号証の一によれば、被告名義の郵便貯金を解約して五五一万七三○○円の払戻しを受けていること、乙一五号証によれば、平成四年二月二一日に被告名義の中期国際ファンドを解約して六一六万七○二○円の払戻しを受けていること、右各事実が認められる。右のうち、乙一二号証は被告名義の口座ではないが、弁論の全趣旨によれば、被告が実質的に支配できる口座であると認められるところ、右のとおり、満期となった保険金はいずれも定期預金にされているのであるから、被告が平成四年六月八日に山田に貸し渡したという現金三一○○万円が被告の自宅に預金もされずに保管されていた五五○○万円の一部であるとは信じ難い。さらに、右関係書証によっても、被告が平成四年六月八日に山田に貸し渡したという金額である少なくとも三一○○万円が被告の自宅に現金で保管されていたことの証明にはならない。

(八) 原告は、乙一ないし四号証作成当時である平成四年六月八日時点で、原告名義もしくは原告の家族名義で合計二○○○万円を超える金額の預金を有していたことが認められ(甲一二、一三、一五ないし二七号証)、また、原告自宅の土地建物にはその当時抵当権が設定されていないことが認められる(甲三一、三一号証)のであるから、その当時、原告が三一○○万円もの多額の現金を借り入れる必要があったとは考え難い。この点からも、右金額は、賭博の負けによるものであるとする原告の説明が首肯できる。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由があり、被告の反訴請求は失当である。

(別紙)

物件目録

一、所在    彦根市日夏町字天神堂

地番    弐八八弐番壱

地目    田

地積    五五弐平方メートル

二、所在    彦根市日夏町字天神堂

地番    弐八八○番壱

地目    田

地積    参八五平方メートル

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